ものを大切にする

更新日:2018年12月9日

今回は節電の具体的な方法ではなく、節電についての考え方や意識についての投稿を頂きましたので、そちらをご紹介したいと思います。

文末にはエコエネルギーに関することにも触れていて、当サイトのコンテンツ内容にも合っていると思い、ピックアップしてみました。ぜひお読みになってみて下さい。

体験談

2011年3月に起きた東日本大震災によって、電力不足による節電を余儀なくされた地域は多かったと思います。普段何気なく節電と見聞きする機会があったかと思いますが、いざ我が身に降り掛かり、節電しなければならないと思うと、どうしていいかわからない、という人も多かったのではないでしょうか。私もそうでした。

今までは…

震災前、日本はあらゆる場所で電気を垂れ流していたような状態だったと思います。深夜まで、いえ、一晩中続く繁華街のネオン、昼夜問わず過剰に照明を使う店。電化製品は溢れ、コンセントの差しっぱなし、スイッチの入れっぱなしは当たり前…。

それを見直す機会は、おそらく今までもたくさんあったのでしょう。しかし、自分を含め多くの人々は知らないふりをしていたのだと思います。「電力の供給に問題が起こるなんて日本ではあり得ない。節電なんてしなくても、電気はなくならない。」このように考えていた方が大半ではないでしょうか。

自分ではない、誰かがやればいい、と心の中にそういう気持ちがあったからこそ、いざ節電と言われてもピンとこなかったのだと思います。私は、震災前の「節電」と、現在叫ばれている「節電」は、違うものなのかもしれないと思います。

節電は難しいことではありません

節電は誰にでもできることだと思います。普段から取り掛かっていないと難しく感じるかもしれませんが、要は「電気を無駄にしなければいい」というだけです。

誰もいない部屋の電気は消す、テレビやパソコンをつけっぱなしにしない、電化製品の主電源を切る、使っていない電化製品のコンセントを抜いておく、夜は早く寝る、エアコンやストーブの設定温度を極端に高くしたり低くしたりしない…などなど、電気を無駄にしない工夫はいくらでもあります。

しかし、これらは節電という特別な工夫ではありません。電気を無駄にしない、というのは、もともと常識だったはずです。先述の節電の方法は、どうということのない、もともとやるべきだったことなのではないでしょうか。

あまり意識していなかったのかも?

モノが溢れ、生活が便利になるにつれ、無駄なものを無駄と思わなくなり、電気を使いすぎることを何とも思わなくなってしまったような気がします。そして、今まで節電と何となく声を上げながら、その必要性が逼迫してくるまで、本当に電気のことなど考えていなかったのではないでしょうか。

今叫ばれている節電は、いわば「常識への回帰」です。みんなが常識的に電気を使い、常識的に無駄を省けば、それが自然に節電へと繋がるはずです。そしてその常識は、私たち日本人がもともと持っていた「ものを大切にする」ということなのではないかと思います。

節電と叫ばずとも、みんなが常識を持って行動すれば、電気の無駄使いは間違いなく減らせるはずだと思います。これからエコエネルギーと言われる地熱発電風力発電なども技術の進歩で発達し、そして電力供給量にも余裕が出ると思いますが、それでも地球環境のために節電は続けていきたいと思っています。